【東京電力の福島の原発事故の件】

私の友人が言うのに東北大地震の直後、まだ津波が来ていない時、友人である父親の所に電話があり「原発はもう手が付けられない」と福島の原発で働いている息子から一報が入ったと聞く。現地で働いている者達の話を聞かずに、国の司令官である者が司令部をおきざりにして、出て行くとは、行く必要がないのにパフォーマンスを示す為、馬鹿総理は現地を視察して原発は大丈夫だと言った。その後すぐに水素爆発を起こした。何という馬鹿総理であるか。国民は皆、思ったでしょう。昭和20年「敗戦」までの軍艦の司令官は艦が沈む時、全ての艦長は命を共にして、死んでいった。今の国の司令官以下政府要人達はその覚悟が無い、尖閣諸島の中国との一件とまったく同じ。この国の政府に関係する者達は、国賊かそれとも売国奴のような、頭が悪過ぎるのか、驕り昂ぶりの増上慢か、それとも総理になれたので喜んでしまっているのか、ハシャイデイルように見える?友人達に聞くところによると、事訳のわかった若者はこんな日本を捨ててどこか外国に行きたいという人が増えているそうです。

【10年程前、兵庫県の社保健所での話】

私はある時人間の健康を司る保健所に行き、課長と係長の前で次のような事を質問したことがある。というのは、その直前までそのような質問をするような予定はなかったのですが口を開けると口から飛び出したのです。

大変失礼な事ですが「貴方は牛か?馬か?それとも人間か?」と、相手の二人は突然意表を突く質問に言葉を失い唖然として私を見ている。返事がないので、それで私は同じ事をもう一度質問したのです。「貴方は牛か?馬か?それとも人間か?」と、すると課長はようやく気を取り直したようにして「人間だ!」と、言ったのです。

私は「そうですか、人間ですか。そしたら人間 この世に何をしに生まれてきたのか知っているはず。教えて下さい。」と、申し上げると黙り込んで困っている、返事をしない。しばらく待って「やはり牛か馬ではないか」。これには訳があるのです。

私のところで関西電力の電線の下で米ぬか酵素風呂が自然に発生したのです。次々と口コミで人が来られるのです、その時は線下以外に場所が無く、線下外に移すまで仕方が無く、というのはガンの方や糖尿病の方がすがって来られる。病院では駄目で命に後ろがない方が多く、

けれど関西電力は人の命を問題にしないような態度で立ち退きをやかましく言ってくる。私は線下外に移動する準備をしている、その場所を見せ、しばらく困った人の為に待ってあげてくれといくら頼んでも聞く耳を持たない。その時に・・・。

いち会社のお使いとして保健所の課長などが関西電力側に立って来たのである。いち会社の為に我々の税金で食っている役人が「シモベ」のように使いで来るとは何ということか。

そのお返しに私は保健所に行ったということです。その時の話なのであります。私は保健所の事務所を出るとき「又、来るわ」と言うと、課長は「二度と来てくれるな!」と言ったので、又行くと逃げてしまって事務所にいない、何と卑怯な事か。係長一人が「私は何も知りません、何も知りません」と、逃げる言葉ばかりです。

私達国民は役人をよく見張っておかねばなりません。「大会社の威光を受けて後で天下られるように、媚ヘツラウ」、我々国民から取り上げた税金で、これが現在、福島の原発で全てが明かされつつあり、頭の良い人が行くといわれる、東大とか京大とかを卒業した人などが多くいる官僚、頭の良い悪魔の巣のような。又、議員、議員と言っても醜い議員の醜議員などの国会議員、又学者と言うけれど本当のところ悪者であったことがばれつつある人達、これが今の日本を指導してきた、又指導している人達だと言う。国民は不幸です。しかしそのような者を選び作り出したのも国民、これは一人一人反省が必要ではないでしょうか。

【うそをつくと言う事は人殺しよりまだ罪が重い】

私はある時、自動車に乗り走行中、警察官に停止を命じられたので、何かと思い停止したのです。するとシートベルトの有無の検問でした。警察官が外から私の車のドアを開けるなり「シートベルトしとったんか」と言う。私は乗車と同時にしていたので「発車する前からしとるでぇ」と言ったら、その警察官が検問の一番先で発見する警察官に無線で「この人シーtベルトしているでぇ」と言うと、先で見ている警察官が「わしの姿を見て慌ててした!」と”ウソ”を言ったのです。

私を止めた警察官が「先に居る警官がわしの姿を見て慌ててしたと言っておるでぇ」と言うので。

私は「何!その警官は”ウソ”を言っている。その警官をここに呼んでくれ」と言うと、無線で連絡したので先の方から歩いてきた。私が「お前が”ウソ”を言ったのか」と大声で言うと「お前と言った」と怒り出し、問題の”ウソ”と”お前”をすり替えようと必死になったのです。

私は「お前は”ウソ”を言ったのを誤魔化そうとしている。正直に答えよ」と言っても、「お前と言った」を繰り返し、更には”ウソ”を言い続ける。

すると5~6人で検問をしていた全員の警官がグルになり、私に筋の通らない事を口々に言い、10分~20分と多勢に無勢で押し問答が続くが、拉致が明かないので、私が「お前らチンピラ警官と話しても話にならん。今から警察本署に行って署長と話をする」と言って、私は現場を後にして、その足で本署に行ったのです。

本署の玄関に入り、係りの女の事務員に訳を話して署長に会わせるように言うと、若い警官が来たので「貴方が署長か」と聞くと違うと言う。「私は署長に会いに来たのだ。署長と会わせるように」と言うと、今度は年配の者が出てきたので、「貴方が署長か」と聞くと課長だと言う。又、私が「署長に会いに来たのだから署長に会わせるように」と言うと、順番があると課長という者が言う。私が「順番などどうでもよい、署長だ!」と強く言うが、どうしても課長がまず聞くと言って聞かない。

課長が「まあ、ここへ座ってください」と小会議をする所に案内する。そうこうしている内に、今 検問していた警官が帰ってきたのです。私がその警官に向かって「ここだ、ここに来い」と手招きをすると、警官は まさか 来るとは思っていなかったのだろう「ビックリ」している。大声で私が「ここだ、ここに来い」と言うと、仕方なく入って来たのです。

課長の警官と検問をしていた警官が並んで座り、私が相対して座り、検問をしていた警官に私が「”ウソ”でしたと正直に認めよ」と言っても、素直に認めないので、私が「白状したら気が楽になるぞ。”ウソ”でしたと認めよ」と まるで警官が犯人に言うように言うが、正直に謝らないので、私は大音声で机を両手で割れるかと思えるほど何回も叩き、白状を迫ったのです。まるでどちらが警官かわからない姿です。

署内の警官は全員ビックリして聞いております。あまりにも大声で私が自白を迫るので、課長の警官と当の警官は椅子から立ち上がり廊下を小走りに署の奥へ逃げていく。私は「待て!逃げるな!」と言うが、署の奥へ逃げてしまったのです。

結局は”ウソ”を最後まで謝らなかったのです。

いかに潔さの無いことか! 正直で無いことか!

私はしょうがないと思い、帰る事にしたのです。そして受付の警官に「大変やかましくしましたなあ~」と言うと、その警官は怯えた様子で両手を顔の前で左右に振って慌てて「いえいえ」と言ったのです。

玄関を出ようとすると視線を背に感じたので後ろを向くと、署の警官が全員私の方を向いて見ているのです。私は何か一言、言わなければならないと思い、とっさに「正しい神様は言われるぞ!”ウソ”つきは人殺しよりまだ罪が重いと言われる。皆さんよく気を付けられる様に」と申し上げたのです。

そうです、そうなんです。”ウソ”は悪の根源、悪の始まりです。全ての悪はそこから始まるのです。ですから昔から「”ウソ”つきは泥棒の始まり」とか「一回の”ウソ”は百回の”ウソ”の元になる」とか聞く。

その逆に「正直者の頭(こうべ)に神宿る」とか「正直は一生の宝」とか正直爺さんの話など、正直がどれほど大切かを久遠の昔から言い伝えられている。けれど、現代の世相を見てみると”ウソ”が氾濫しております。

この間もテレビで放送されておりましたが、町の人に 政治家と聞いたらどのようなイメージを持ちますか の質問に対し、上から ①金 ②汚職 ③”ウソつき” の答えが一番多かったのです。

政治家を筆頭にして世の上手をやる 官僚,警察官、国の役人、地方の役人、宗教家、あらゆる業種の経営者、財界人、教授など、司法も立法府も行政も一般の人々も”ウソ”つきを数え上げればキリが無い。

昔からの格言で「恩を知らぬが何とかで、恥を知らぬは犬畜生におとる」と言うが、まさに犬畜生におとる恥知らずが目にあまる。

有名な話に、昔 中国の人で三蔵法師という人がインドの天竺にお釈迦様の経文を取りに行く途中、多くの妖怪(化け物 魔物)が道中に居たと、テレビや漫画などで表現され演じられるが。

現代人の宗教家、教育者、政治家はもちろん財界人、企業経営者、その他一般人も心を形の姿にすると、まるで妖怪か魔物の姿になると思われる。日々のテレビニュースなどを見ていると、”親が子を殺す” 又、”子が親を殺す” など、もう人間の世界とは思われない。まさに悪魔の世界です。

この日本の国も百年か二百年以前は恥を知る人達が多く居て、間違った事を行ってしまって、恥をかくと自ら命を絶つ事を知っていた。そしてそれを知った外国の人達は驚嘆して感心したという。
(マルコポーロ見聞録)

現代の日本は何と言う魔物の集団のような国になったものか。嘆かわしい事です。日本はもちろん、世界中あらゆる災難災害が始まっております。このような人間を自然は許されません。一人一人が早く心の目を覚まし、人間性を取り戻す時が来ている感が強く致します。勉学よりも人間性を取り戻す教育を一番に考えねば、大変な事になります。

人間性とは何か。男性はどうあるべきか?女性はどうあるきか?真剣に考える必要があります。これは大変重要な事であり、私達も肝に銘じなければなりません。つい自己保身、御身大事になり 利己 に走るものです。

「逃げるな!」と言われないように正直に生きたいものでございます。健康促進道場  2007.12.25

【今日の福島の東京電力の原発に思う】

私は数年前に関西電力との間で裁判となり神戸地方裁判所の法廷に立ったことがあります。

相手は関西電力株式会社で、社長は藤であった。姫路支店の用地係の面々であった。名前はあえて伏せておくが真に驕り昂ぶりの連中であった。

現在においては電気は確かに必要であるが余りにも余りの態度であった。言い換えれば「電力会社は国家なり」と言わんばかりか「人の命など問題にしていない」のような感じを受けた。

私は以前「明石市の一職員の嘘で訴えられ、2年半神戸地方裁判所に立たされた経験がある。」

その時の司法の法廷の余りにも人間世界から離反している現状にびっくりした。一般国民では考えられない。

その裁判で1年8ヶ月目に九分通り負けになった時、弁護士に任せておっては真実が通らない。それで弁護士抜きで傍聴席から大声で裁判を止めたのでした。

先方は一度も来ないが私達夫婦は毎回公判に出席しておりました。弁護士は来なくてよいよと言っておりましたが・・・。

そのような事から裁判官が「何ですか?」と聞いてくれたのです。それから弁護士抜きで私と裁判官との間で直接激しい口論になったのです。

最後、裁判官殿は私の言い分(真実)を知って下さり私の要望通り裁判をやり直してもらい勝利したのであります。

その経験から関西電力との裁判は争点を消してしまい、私は弁護士無しで法廷に立ったのです。関西電力は9人の弁護士の名を訴状に連ねていました。

そして初公判の時、争点のない事を知った裁判官は「裁判にならん!」と言って法廷に入ってきた扉から出ようとしたその時、私は裁判官に大声で思ってもいなかった言葉が口を突いて出たのです。「裁判官殿、関西電力という会社は血も涙も無い会社ですよ」と大声で申し上げたのです。

裁判官はびっくりしており関西電力の連中は驚いて裁判所の廊下に逃げ出る。私はそれを「待て~!」と追いかけて行き連中に「お前らは情けの心があるのか?哀れみの心があるのか?」わめいた事があります。そうです。大会社であるどの電力会社も同じ考えの下に動いていると思われます。

もう一度申しますが、人の命など問題にしていない。哀れみの心など微塵もない。

だから今回の東京電力の原発事故でも、想定外の地震とか津波とか言って他に原因や責任をなすりつけ逃れようとしております。

経営陣は恐ろしい心の持ち主ではないでしょうか。ただお金に目がくらみ、原発の恐ろしさがわからないのでしょう。事故の後、ボロボロ真実が出てきております。隠し切れなっかたのでしょう。

国会議員と官僚と電力会社と原発に関係した大学の教授、学者連中の癒着が表に露呈し始めている。農業の世界から医療の世界、あらゆる場面でお金で密接な癒着が出来上がってしまっている。これが日本政府の姿です。全て国民から吸い上げたお金です。

震災後、被災に会われた国民に対してはその行動を世界各国は賞賛しているが、政府と電力会社に対しては隠蔽体質と無責任者が多いと言うことを放送しております。

東京電力やら天下って甘い汁を吸った原子力委員会の幹部や政府関係者は首を吊って責任を取ってもらいたいと言う人が結構おられます。私も同感です。

【夕べガンと話しをした】

 ガンと話しをするとガンは言う。

我々は人間の細胞と同じで、いつでも人間の体の中で勢力を広げることが出来るが、邪魔をするものがおる。

それの一番は人間が良心にもとずいて良いことを思うことや、良いことを言い、良い行動をすることが一番嫌いだ。

その次に健康な細胞が喜ぶ食べ物を少食で食べて、温かいところに入って体を温め、笑って運動をしながら働いて生活をしているものもだ。

これさえ人間がしてくれなければ、無数におる我々ガンの友人達は、いつでも静かに人間の体の中に進入できるんじゃあ~~。

現在人間社会を見ていると、我々ガンにとってはもってこいの状態になっておるので、やりやすい。

我々わがままの根源であるガンは感謝している。これからもますます我々ガンにとっては面白い時代が続くであろうと思っている。

又、人間の医学・医者達は、我々ガンの味方だ。それを人間は知っていない。医者の使用する抗がん剤や放射線などは我々ガンは大喜びをして待っておる。

もっともっと医者に行きあがきもがきして儲けたお金を医者と病院に放り投げ、薬や注射を受けてくれ。ガンの我々は大声を上げて喜んでいる。と、そのようにガンは言っておりました。

危険な世界情勢

今回のアメリカによるウサマ・ビン・ラディン氏の殺害は真剣に人類は考える必要がある。
アルカイダのビン・ラディン氏の肩を持つのではないがこれはイスラム教とユダヤ教の争いであるがやり方があまりにもごう慢である。

第一にパキスタンは他国である。アメリカではない。パキスタンがビン・ラディン氏を匿っていたかもしれない。けれどアメリカは他国の主権を無視し、そんな事はお構い無しです。土足で他国に入っていき、人殺しをしてしまった。いかなる言い訳をしてもそれは自己弁護で勝手ないい訳であり正当化されないでしょう。パキスタン以外の国もアメリカの行動を眉を潜めて警戒して見ているでしょう。

数年前に「世界貿易センタービル」が破壊され、人的被害も含めて大変な目にあった時、「何故、こんなことをされなくてはならないのか」とまず反省が出なければならないと思うが全く見られなかった。逆に「目には目」「歯に歯を」で恨みに恨みを持って、イラクやアフガニスタンを攻撃して果ては首謀者だと言ってビン・ラディン氏を裁判にも掛けず殺してしまうとは何が民主主義でしょうか?ただ気に入らないものは消してしまえという姿ではないでしょうか。

今回、釈迦・キリストその他の予言通り日本に出られた救世主(宇宙絶対神)は66年前に言われた。「恨みは恨みを持って晴れず、恨みは恨まざるを持って晴れるなり」と、これのみが世界を平和にする心のあり方、考え方、行動ではないでしょうか。

アメリカはビン・ラディン氏が抵抗しなければ殺さなかったと新聞・テレビで言っているが、一部の報道では丸腰で手を上げて降参をしていたと報じられている。それが本当ならば明らかに殺しに行ったと言わざるをえない。死体が無い。誰にもわからない方法で海に捨ててしまったと言う。死体を見れば本当の事がバレルので闇から闇に葬り去ったと言われても仕方が無い。これは驕り昂ぶりの傍若無人と言われても仕方が無い。殺された側のアルカイダも報復すると言っている。果てしなく恨みの悪循環が続く。そして、最後の審判に急ぎ旅になるのかと心配する。