
晴天の霹靂(へきれき)の民事裁判の訴状【その1】


~竹内式酵素風呂~

他人に比べて私は特に不完全な人間であります。で ありますから、私の勝ちだと思い いい気になってあまり追い詰めてもいけないと思い、昔から格言に「窮鼠、猫を噛む」という言葉がありますように和解に応じたのです。
私の依頼弁護士が「相手に幾ら請求されますか」と言うので、二年半の時間と精神的にも色んな事があり、裁判中は今の私の依頼弁護士では駄目だと思い、県内では弁護士協会と言うものがあり、弁護士同士が「なあ なあ」の間柄で話にならない、即ち弁護士同士で貸し借りがある、どういう事かと申しますと、前の裁判では負けてやったから、今度は私に勝たせてくれ 的な事が沢山あるそうです。それで県外の弁護士を頼もうと思って、知人友人に頼んで大阪に行ったり広島に行ったりあらゆる所に行き色んな方に相談して 又、調べ回り行動に行動を重ね、それはそれは大変でしたが、こんな事がなければ六法全書を読んで勉強もする事が無い人間の裏(悪)、社会の裏(悪)、と言う物も分からず、一生を過ごして居たかも分からないが、この裁判を通じて嫌と言うほど見せ付けられたのです。
これはしたくて出来る勉強ではありません。宇宙絶対神が私に、「世の中の甘い辛い酸い裏も表も知っておけ、泥棒をしてはいけないけれど泥棒をする方法くらいは知っておけ」そう仰せになられた事がある。これは神の御意志だったのかと思い、神様に感謝の誠を捧げつつ、わずかを請求しました。すると私の依頼弁護士は弁護などしていないのに成功報酬をくれと言ってきたのです。その電話を受けた時は私は耳を疑った。しばらく沈黙が続き、思い直して「幾ら欲しいのや」と聞くと、二割欲しいと言う。「欲しけりゃ やる」、まるで乞食にやるような気持ちでやったのでした。
卑怯に、相手からのお金は弁護士が先ず弁護士の所に送るようにしていた。この時ほど呆れた事はありません。恥を知らないとはいえ、世の中では弁護士は偉い人と思っていますが、正に金に狂って腐りきっているのです。そして私を嘘で訴えてきた明石市の職員である相手に、私は今度は刑事事件として訴えるから、弁護をやってくれるか と聞くと、その弁護士は「私は降ろしてもらう」と逃げ断ってきたのです。この欲と卑怯さには目が当てられない。弁護士のバッチを付けた人間の皮を被った悪魔のようなものだと思いました。
話は変わり、私は悪が大手を振って通っていくのを、いかに不利になろうとも見逃す事が出来ない性格を持っております。ですからこの様な結果になったのですが、この体験を通して一般世間では裁判に訴えられ被告にされ多くの善良な人々が涙を飲んで居るのではなかろうかと思ったのです。人為的に厳粛な雰囲気を作り出している法廷では、つい思いが言い出せず虚しく時を逃す…済んでしまうのではないかと思う。本当の弁護をしてくれる弁護士でなければ大変な事になる。よくよく弁護士を選ばなければ、知り合いとか、友人とか、身内とかでなく、しっかり見定めなければ弁護士だけは恐ろしい者達です。絶対に任せてはなりません。とにかく信用の出来る弁護士は殆ど無いと思った方が正しい。ましてや「任せてください」という弁護士には一番気をつけなければなりません。
テレビで幼児を母親が幾度も物で叩き続けている画像が映し出されていた。
この頃、幼児に対しての虐待がテレビなどで取り上げられる事が多くなりました。
今から六十六年前(昭和二十年)、敗戦と同時に日本に予言通り出られた宇宙絶対神(救世主)は「今に親が子を殺す、子が親を殺す世になる」と、それを耳にした当時の人は「親が子供を殺す事だけは無い」と思った。と聞いていたが現在は毎日のように親が子供を殺したニュースが目に飛び込んでくるようになり、救世主の言う通りになってしまったなあ、世も終わりやなあ、と思います。なぜか。一番の弱者は幼児です。それ以上の弱者はありません。「赤子の手をひねる」と昔から言うようにです。幼児は親より他に頼る人は無い。その親に虐待を受け、殺される。これを何と表現したら良いのか…。可哀想を通り越す。なんとか助けたいが、密室で行われるから助けようが無い。我が幼児を叩く蹴る、その親にしがみ付く幼児は助けてくれる人は他に無いから。
私は大声を上げ泣きながらおろおろ歩く。子が親を殺す、又 親が子を、幼児を殺す、原因は、宇宙絶対神(救世主)から私は聞いております。その原因は目に見えない世界にある。それを取り除かなければどうしても無くならないのです。が、その原因を申し上げると、加害者である親が それに理由付けてしまう気がするので申し上げる事は出来ないが、とにかく人間のみに良心を持たされているものとして、良心がある その良心に還る。愛とは何か、情けとは何か、母性本能とは何か、真心とは何か、を知り 何はともあれ幼児への虐待だけは止めていただきたい。でなければ虐待を加えたその親は、時が来れば倍化して恐ろしい将来が出てくる。狂い回る程の苦しみに遇い、それで死ねたら良いが死ぬに死ねない状態で世の業晒しになる。天の計算は一分一厘狂いが無い。時が来たら「ピシ!」と出てくるのです。それは宇宙絶対神が厳しく仰せになられました。子供も地獄なら、親はもっと恐ろしい地獄をこの世で味わう事になります。
「松下塾」というものがある。
何か知らないが、そこが立派な所で、そこで学んだ人は立派な人だ。立派な人が輩出されると思っているが、それは「間違い」ではないでしょうか。確かに、松下幸之助と言う人は尋常では無い信念の人です。それは私も出光興産に居て、出光佐三という人を知っているから分かります。企業人としても人間としても上の上のお方です。しかし その松下幸之助が創始者だと言って、だから、その塾が 又 そこで学んで卒業した人が 全て偉いかと言うと、それとこれとは違うのでは無いでしょうか。案外それを笠に着て自分勝手に自画自賛をして思っているだけじゃないでしょうか。
個人の過去、又 状態を注視していると、そうで無い場合が見当たります。東大卒の中にも京大卒の中にも立派な人が居るが、そうで無い人も沢山居られる。増上慢の製造所の様な処になっては、塾と言う名前が地に落ちます。確か、松下幸之助は成功を収められた人でした。だから全てが正しいとは言えないのが本当です。
なぜかと申しますと、人間だからです。元々、人間は完全ではありません。それを対象にすると(目指していくと)間違った世界に連れて行かれるものです。
前 総理の管は、史上最悪の総理でした。あらゆるメディアも評論家もそれは分析して指摘しております。又、日本の国民も世界もそれは見て来たのです。あの史上最低の総理の後ですので、野田総理大臣は管より良く見えるでしょうが、その内 分かるでしょう。同じ穴のウジ虫かも?
冷めた目で見て、申し訳ないが。
——————–
明日、九州の方へ出向く用事で、一日か二日パソコンの前に座れませんので、お休みします。よろしくお願いします。
次の公判までの間に私の依頼弁護士の所に打ち合わせに行くと弁護士が私に「何故あんな不利な事を言うのか」と言うので 私は「不利、有利の問題では無い、善か悪かが問題である」と言い返したのです。
裁判に関してある本を読むと裁判に入る前に「自分が依頼した弁護士がまずの敵である」と書いてあったが まさにその通りであった。それが後日わかったのであります。それは途中から私の依頼弁護士の言う事が変わってきたので調べてみると、敵側である原告から原告の弁護士を通じて鼻薬が効いていたのでした。
弁護士というのは金でどちらでもくら替えする者です。お金が目的であります。
話は元に戻り、私の依頼弁護士が再度「法廷に来なくてもよい」と言う。依頼人の意思と違い、弁護士本人の都合の良いように考えていたのだ。
私は友人達に言うと、社会的に錚々(そうそう)たる友人達が、それは見に行かねばという事になり、私達夫婦だけでなく夫婦に加える事3名 合計5名で次の法廷に座ったのです。
裁判官も「えぇ!」といった表情をして私達を見る。私の依頼弁護士も驚いてビックリしている。始まると又 私と裁判官が大激論になったのです。そしてやっと私の意が通り、裁判のやり直しになったのです。友人達は黙して手に手に手帳とペンを持ち書くような仕草をしている。裁判官も弁護士もそれを見て何者だろうと思い、気懸かり(きがかり)では無い。
初めの公判の頃は5分や10分で終わっておったが、激論が始まってからは半時間以上の時間が掛かるようになってしまった。それが済み 友人達は法廷の外に出て、「こんな裁判は見た事が無い」と言い興奮気味である。
私は勝ち 負けではない、あくまで、善か悪かである。私は捨て身でかかっておりました。
地方裁判所で同じ裁判を2回もやり直す、これは日本では裁判史上珍しい事だそうです。明石市の嘘を付いた職員は、それから幾ら裁判官が呼び出しても出てこなくなってしまった。明らかに嘘であった証拠になった。
次の公判では裁判官は真実が解ってきたのでしょう。私と激論の末「今日 判決を出しましょうか」と冷静な目をして言われた。私は、これは全面的勝利を確信しました。すると先方の弁護士が うろたえて 慌てて「待ってください、待ってください」と判決を止めたのでした。
裁判官の顔を見ると、初めの頃は私を見る目に剣があったが、今は相手を見る目に剣が出来てきている。ましてや幾ら呼び出しても明石市の職員は出てこない。明石市の職員側「原告」が“嘘”で裁判を起こしている事は間違いがないと、裁判官は確信を持ったのです。
私の依頼弁護士が相手に金で買われたのでしょう、何とか判決でなく、和解に、何とか和解に と必死です。九分九里私が負けていた。その状態が ひっくり返り、私の弁護士も鼻薬を貰った手前どうしても和解にしなければ、判決になれば大変な事になる。それはそれは焦りあがき、あの手この手で和解をしてくれるように頼んでくる。
すると裁判官は言葉に詰まり、苦し紛れに「詳しい事は分からないが、今すぐにでも判決は出せますよ!」と怒って言うのです。無茶苦茶な言い草です。裁判官の権威を保とうとするのでしょう。それと被告を最初から悪者だと思い込んで見ているのです。私は裁判官の言葉を受けて「詳しい事は分からないのに、判決が出せると言うのか!『噓つきの強い者の勝ちですか』!」と切り返し詰め寄ると、裁判官は「うぅ!」と言葉を失い、詰まってしまったのです。
それから私は司法の裁判所の法廷は「正義を導き出し間違っている悪い者を改め正す所だと思っていたのに、司法は、裁判所は、裁判官には(良心)が無い、(道徳心)も無い、ましてや(道義心)も無い、人間の一番大切な物が何も無いじゃないですか!法廷は人間社会の一部だと思っていたが、人間が一人も居ないじゃないか!こんな司法ならば我々国民は要らない、無い方が良い」と大声で激しく訴えたのです。裁判官はうろたえ、何か言おうとするが私が次々と矢継ぎ早に続けるから、私の言葉と言葉の隙間に入る事ができないので、裁判官は「私にも少し言わせてくださいよ」と言うが、委細構わず1年八ヶ月の溜まっていた物が堰(せき)を切ったように出る。
私が依頼した弁護士は赤い顔をして下を向いて「エライ事になってしまった」という姿。相手の弁護士はビックリしてオロオロしている。私にウソをついて裁判を起こした明石市の市の役人は右隣で首をすくめて息を止めている。私と裁判官の応酬は激しく続く。
私は「この裁判は初めから答えが出てしまっているのでは、まるで学芸会のようなものじゃないですか。まるで漫画のような裁判では無いか」と申し上げたのです。
何故 裁判官は傍聴席の私を相手にしたのか、理由があるのです。人間として裁判のまず最初にしなければならない事「この訴状には゛ウソ゛はありませんか」と裁判官は原告 及び 被告双方に確認をしなければならないのに、それを怠っていたからです。即ち手落ちがあったからです。
私は裁判官に「この裁判、もう一度始めからやり直してください」と言うと、出来ないと言う。「何故出来ないのか。裁判官のあなたの手落ちでこの様になったのだから、やり直しをする義務がある」と言うと「日本は三審制で地方裁判所 その上が高等裁判所 その上が最高裁判所という。この裁判はそれ以前の問題でしょう」と切り替えしました。
私は偉そうな事を言っておるのではありません。
東北の震災が起こったすぐに私の孫は義援金をするという。そして長い間貯めていた貯金を出してきた。母親(私から言うと娘)が「いくらするの?」と聞くと、全部すると言う。母親が「え!全部!?」というと、うん、と言う。
小学校の子供が被災に遇われた方々が気の毒に可哀想にといって、こつこつ貯めた小遣いを自分の為に使わず、全部困っておられる方に出すと言う。「同じように日本中に沢山の子供が義援金を出していると思う」その純粋な心・気持ちをどう思われますか?現在の国会議員諸君、官僚達、役人達…この間からテレビなどで公務員宿舎を建てるとか何とか言っているが…。もう一度申し上げるが、政府議員諸君、官僚諸君達、頭が悪い人達だと それは分かっているが、気が狂っているのではないか。今は何をおいても困っておられる方々を助けなければならない時。その「時」が分からない、そんな議員も官僚も今に大罰が当たる。それを正しき天罰と言う。
日本には要らない。この世にも要らない。
政権を取るまでの民主党が、猛烈に反対してきた事を、政権を取った途端に自民党がしていた事と同じ事をする。よくもまぁ出来るものだなぁ、と呆れる。あの反対をしていた口は何処へ行ったのか。恥を知らぬにも程がある。
又、自民党も同じ、自分たちがやってきた事を違う党がやると反対する。「こらなんじゃ」と思う。「目糞・鼻糞」。
正しい神様は言われる。「便所の中の蛆虫乞食同士」政治家はそれを続けながら見るに見られぬ哀れな最期を遂げて自滅していくのです。正しい神様が言われる。「自滅するのだから文句は無かろうが」と…。
阿呆らしくて笑ってしまう。世の上手(うわて)ほど悪い。
数年前、
私は生まれて初めて裁判と言う物に巻き込まれたのであります。それも相手の゛ウソ゛で始まったのであります。
法廷に四時間半掛けて電車を乗り継ぎ 出向き、裁判はわずか五分か長くて十分であります。それが済むと裁判官と双方の弁護士が日時を決める。そして又、同じ事、同じ事 をする。まるで彼らの金儲けの為に裁判遊び、裁判ごっこをしている様である。
私は初めての事であり、何一つ分からず「そうですか」と、次も、その次も四時間半の時間を作り、夫婦で出向くという感じで、耳を澄まして聞いていても法曹界の専門用語で、何を言っているのか意味が分からない。
本題。
私は相手(明石市の市の職員)のウソで神戸地方裁判所の被告席に二年間座らされた事があります。私は代理をして下さる弁護士さんをお願いして、けれど私の弁護士は「あなたは法廷に来ないで良い」と言う。私は弁護士の言う事を聞かず、自分達の事であるから一回も欠かさず毎回公判に夫婦で出廷しておりました。1年八ヶ月目に私の負けで終わろうとしたのです。代理人の弁護士に任せていたら、裁判内容の善悪に関わらず弁護士の好きにされる事をまざまざ見せ付けられました。
私が勝っても負けても、弁護士は金になる。弁護士という種(中坊公平氏のような弁護士はまずは居られません)は、そういうものです。頼って来ている者が苦しもうが困ろうが関係は無いのです。ただ、金だけです。これは恐ろしい事を体験させられました。そして勉強になりました。
一番大切な善悪(ウソをついて起こした裁判)をほったらかしにして終わろうとする。それに対し、私は法廷の中の傍聴席から大声で裁判官に対して「この裁判待ったー!」と待ったを掛けたのです。
ちょうどその日の公判には色々理由を付けて滅多に来ない(ウソをついた市の役人が裁判所に呼び出されて来ておりました)裁判官はビックリして、傍聴席の私に「何ですか?」と訊ねたのです。一回も欠かさず私達夫婦は出廷していたから、つい裁判官は耳を貸してくれたのでしょう。普通なら「代理を通しなさい」と言って傍聴席とは裁判官は直接話さないが、私が「裁判官殿、この訴状の中の事情の三と四はウソですよ」と言うと裁判官は゛え!゛と言って訴状を覗き込んでいる。その間私は私の生き様を申し上げるべく「祖母や親から『正直は一生の宝』と耳にタコが出来るほど聞かされ育てられた。人を訴えるのに゛ウソ゛で訴えるとは!それも公の役人が!それを裁判所は吟味もせず」と言うと、皆様 裁判官は何と言ったと思われますか?「正直で生きるのはあなたがその様に生きられたら良い事です」とまるで正直はあまり大切では無いかのように言うのです。裁判と言う場所ですよ…。
私は人間として昔から最も大切な生き方と捉えていたので、司法の、まして裁判官がなんと言う事を言うのかと思い、激しく反論を開始したのです。
私は決して小沢一郎の味方をするわけではありません。金まみれ、クソまみれの田中角栄の弟子であるのは百も承知している。
この度ニュースなどで小沢一郎の関係者が三人も有罪を言い渡されたが、この結果にも裏がありそうである。自民党時代の六十年間の政権はアメリカの言いなりの政権であり 子分であったし、今回政権が変わり民主党になっても同じである。評論家等に言わせると「日本はアメリカの一州であり[日本州]である」と論評する。今の日本の政府の検察や司法は完全なアメリカのコントロール下にある。即ち、アメリカの言いなりである。
日本は独立国であると言いながらアメリカの属国であり、嘘を言ってきた。国民は完全に騙されている。
現在の国民は自分さえ良ければ良いと言う、利己主義を芯にした国民になってしまっている。それは若者を見ればはっきり分かる。自分の身を捨てて国の為など千里先の針の目処も無い。それは尖閣諸島での中国漁船の体当たり事件でもはっきりしている。日本は自分が無い。管・仙石などは国賊なら まだ良いが、まさに売国奴である。逮捕しておきながら中国の船長以下をすぐ解き放つ。日本の心ある若い保安官が国民に知らせる為、ネットに出した 勇気ある者を、管・仙石が命じて逮捕した。国を真に愛する者達が多く居る国なら、そこで大変な事になり、国の暴力機関と言われた自衛隊なども怒る、暴動も辞さない事になる。が、腰抜けになっている今の自衛隊も、若者も、アメリカが長年に渡り日本人の腰を抜いてきた その結果、日本国では何も起こらない。
全て裏を見ればアメリカの影がある。
小沢一郎が総理大臣にでもなれば、一番困るのはアメリカである。田中角栄の時もそうであった。結果、ロッキード・コウチャンのピーナッツで(これに関しては昔のニュースで調べてください)田中角栄もアメリカが日本の検察と司法をうまく使い、言いなりの政府と共に蹴り落とした。その時の総理は三木武雄であった。三木武雄はクリーンで有名である。田中角栄を 金まみれ・クソまみれで汚いと見せて、田中角栄を刑務所に入れさせた。その三木武雄の用事が終わったので、三木武雄は三木降ろしと言う名の下にアメリカの支持で、日本の国会議員は三木武雄を責め、辞めさせた。これは歴史が語る周知の事実であります。常に日本はアメリカに踊らされ、言いなりにされて いるのであります。
最後の日まで、日本は独立国になる事は出来ないでしょう。今の政府を見ておれば、それが良く分かる。
かつての私の友人であった警察官が言う。
大学を出て警察に採用され 警察官として初めての仕事の時、上司から仕事を渡され、それをするようにと言われたので、まじめに一生懸命にして半時間ほどで出来上がったので、言いつけられた上司のところに持って行くと、その上司が睨みつけて「何!馬鹿が!一日でする仕事を半時間でするアホが何処におるか!」と わめいて怒ったという。その時、本人は『エライ所に来てしまった!』と思ったが、「今では努力の結果 半時間で出来る仕事でも一日掛けて出来るようになった」と言っていた。
゛朱に染まれば赤くなる゛と言う言葉があるが、警察という所の水を飲むと、頭が狂ってしまうのでしょう。
一般の世界では、とてもやないが考えられない。警察官などは犯罪者の上の犯罪者である。その友人が言うのに「警察官の顔を人相学から調べてみたら、全ての警察官には犯罪者の相がある」と言っていた。
国民から搾り取った税金を、捜査の名目で泥棒をしている代表である。「署長などは、何々署、何々署と三箇所ほど転勤のような事をすると、その都度 退職金の様なお金が貰えて、家が建つ」と言っていた。その他にもこんな事を言っていた。「署長が訳の分からない金を給料の他に、よく『これ取っとけ』と くれる」と。それを聞いた私は「何!?訳の分からないお金を調べるのがあなた達の仕事ではないか!」、すると「貰わなければ睨まれる。あなたの言うような事を言ったら辺地へ転勤させられ冷遇されてしまう」と言ったのであります。
宇宙絶対神、天なる神は全て知っておられる。「おお取っちょけ取っちょけ。おらが後ろから斬り落としちゃる」と。
警察の長官、国松長官もオウム真理教にピストルで撃たれ、警察署長なども ろくな死に方をしていない。又 警察官もである。正しき神様は「泥棒 泥棒と追わえた警察官が泥棒の上手(うわて)」と言われ、又「警察官の『官』と言う字は棺桶の『棺』に変えよ」とも言われたのであります。世の上手をやる者ほど悪いのであります。即ち、世が末、末の末期、悪魔の世界です。政府・国会議員など、もっと悪魔です。かつての自民党総裁を長期に渡り務めた佐藤総理大臣が言った事があります。「政界をめくり覗いて見れば、反吐が出る」と…………心しなければ恐ろしい事が待つ。
国民がいくら税金を払ったところで、又 増税、又 増税で疲弊し、国民は命を失ってしまう。
正しい神様は言われた。「今に、国民を殺してでも 日本の国は税金を取る様になる」。また「世界一の重税国になる」とも、66年前に言われた。その通りになって来ている。巧みに色んな理由を付けて。例えば北陸の震災の復興税など、冴えたる物である。戦前(昭和二十年以前)は国力を付ける為に「産めよ増やせ」で一億二千万人まで日本国民は増えたが、戦後 その人達が寝食を忘れて頑張ったればこそ、現在がある。けれど、今の政府はどうやら国民が半分以下の五千万人くらいで良いと考えておる様である。その証拠に、原発での放射能被害者に対しての損害賠償申請書は なんと百数十ページを書き込めと。そうでなければ賠償しないと。更には小さな字で、弁償後 何が起こっても弁償してもらわなくても結構です、という行を作り、判を押させる欄があった。これは民主党の現政府と、東京電力の結託文書である。なんという恐ろしい政府と大企業か!これが癒着の正体である。国民はその正体を知らない内に殺され、人口を半分以下に減らされてしまうと考えても、間違い無いと思う。
隣国を見ても一億も二億も国民を抱えておる国は少ない。二千万くらいの国でも その政府は贅沢三昧が出来る。自分達さえ良ければ良いという利己が、現在の政治家議員には剥き出ておる。
話は元に戻り、私の「人間の保健所」に勤めている検査技師の友人の話であるが、長年勤め 定年退職した後、同じ仕事をする「検査技師」の民間会社に勤めると、保健所では1年掛かる仕事を、一ヶ月でしてしまった。保健所では1回使用すると捨ててしまう紙コップなども、民間では消毒して何回も使用する。この現状を初めて体験して見て、「役人は十分の一で良い!」と言っていた。現在の日本の役人は五百万人と聞く。本当に仕事をする役人ならば五十万人で良いと言う証明である。いかに無駄な役人が国民の税金に群がり吸い付いているか。国民から見ると、恐ろしい。
霞ヶ関の官僚などに至っては、東大・京大・一ツ橋・阪大、その他頭脳明晰な人が行く大学出身者が多い。即ち、国の事には何一つ考えていない。頭の良い、心の悪い、悪人達の巣である。
官僚の事を書きましたので、ついでと言っては何ですがもう一つ。私の知り合いが会わせてくれた霞ヶ関の官僚の一人の話ですが。
夕方四時ごろに皆と連れ立って飲みに出る。そして十時ごろに仕事場に帰ってきて残業手当を含めて、タイムレコーダーを押す。と、得々と言っておられた。
正に税金泥棒。